戦争が起こり続けている世界だから、出会えたのだとしたら。
例え、俺とは出会うことができなくとも、戦わずにすむ世界で普通に生きていてほしい。
銃でもなく、操縦桿でもなく、母親の右手を握りしめた君として。


「おい、兄さん! そろそろ出なくて良いのかよ。遅刻だぜ?」
 その言葉に、ニールが自分の左手首を見ると、腕時計は既に八時を示してした。
「悪い、ライル! 今日お前休みだったよな。あと頼んでいいか?」
「はいよ。いってらっしゃい。今日、母さんたちと晩飯だからな。エイミーも来るって言ってたから、忘れんなよ」
「了解!」
 慌てて立ち上がったニールは、テーブルの上の空になった食器類をライルに任せて、家から飛び出した。
 徒歩十分の距離を三分強で走りきると、いつもより一本早い電車に乗ることができた。たった一本早いだけの電車の中は、何処かいつもとは違って見えた。
「ええ!? 今日もサボるの? 駄目だよハレルヤ。ちゃんと講義出ないと、単位とれないよ」
 ドアの横にもたれ掛かっていると、反対側のドアにもたれ掛かっている二人の青年が目に入る。同じ顔をした二人は、恐らく双子だろう。
「うるせェなあアレルヤ。お前が俺の代わりに出ればいいだろうが。どうせ同じ顔なんだからバレねェだろ」
 青年はそう言っているが、二人の雰囲気は明らかに正反対だった。アレルヤと呼ばれた青年は落ち着いているが、ハレルヤと呼ばれた青年はとても落ち着いているようには見えなかった。見てみると、髪の分け目も正反対だ。
 俺も、よくライルの代わりに大学の講義を聴きに行ったなと、僅か数年前のことが酷く懐かしく思えた。
「何言ってるんだよ。先週バレたばっかりじゃないか」
「そうだったか?」
 なんだ、もう試したあとなのかよ。なんて考えているうちに、いつの間にか自分が降りる駅になっていた。
 ドアが閉まる旨を告げるアナウンスを聞きながら、急いで電車から降りた。ホーム中央の自動販売機でコーヒーを買っていると、怒鳴るような声が聞こえる。
 反対方面から入ってきた電車から降りてきた人たちが、ホームで揉めているようだった。
 整った顔をした、男にも女にも見える人物が腕を組んでサラリーマンを睨みつけている。制服が男のものであるところを見ると、男なのだろう。
 青年は苛立たしげに口を開いた。
「非常に不快だ」
 意外にも低く響く声であった。
「人を女と間違えた挙げ句、尻を触るなど言語道断。万死に値する!」
 青年はやってきた駅員にサラリーマンを引き渡し、颯爽と去っていった。
(勇ましいねぇ、おい)
 飲み終わったコーヒーの缶を捨てて、改札を出る。目の前を歩いていた少年が、青いパスケースを落とした。
「おい、そこの学生! 定期券落としたぞ!」
 些か小さめの身長の少年の肩を叩くと、振り返った赤褐色の大きな瞳と目があった。
「なんだ」
「定期だよ定期。落としたぜ」
「え、ああ……すまない。助かった」
 定期券を受け取った少年は、軽く会釈をして去ろうとする。
「ちょっと待てっ。俺はニール。ニール・ディランディ。ニールで良いぜ。その制服、そこの高校だろ。俺、卒業生なんだ。……お前さんの名前、聞いても良いか?」
「……ソラン。ソラン・イブラヒムだ」
「ソラン、か。良い名前だな」
 ソランが驚いたように目を見開く。表情に大きな変化はないものの、僅かに朱が走ったように見えた。
「あの、……ありがとう」
 それが定期を拾ったことに対する言葉なのか、名前を褒めたことに対する言葉なのか分からなかった。
 くしゃりとソランの頭を撫でると、ニールはゆっくりと踵を返した。
「またな! ソラン」


それでも。
もしも、戦いのない平和な世界で、偶然君に出逢うことができたなら。






残酷で哀しくて優しい夢を
(見続けることが叶うなら)







素直な心で、笑い合うことができるのだろうか
(2011.01.26)初出
(2011.07.19)加筆、修正