「なあお前。その髪、地毛か?」
「はぁ? 何なの、急に」
武田からの書状を、奥州に届けに来ていた時のことだった。早速返事を認めている独眼竜を、右目の旦那が用意してくれたお茶を飲みながら待っていた。
湯呑みを置きながら、地毛だけどどうかした? と聞くと、独眼竜は「Ahー」とどこか気まずそうな声を出す。
「別に深い意味はねェんだ。気にすんな」
左手でカリカリと頭を掻きながらも、右手に握られている筆は、スラスラと半紙の上を滑っている。想像に反して、独眼竜の文字は繊細で整っている。奥州を統べる者として、幼少の頃より高度な教育をその身に叩き込まれてきたのだろう。
「そう言われると、余計気になるんだけど」
「気にすんなっつってんだろうが」
「えー。何それ。きーにーなーるー」
「Shit! うるせェな。――綺麗な色だと思ったんだよ」
吐き出された独眼竜の言葉に、目を丸くした。
綺麗? そうだろうか。自分の髪が、そのような形容詞に相当するものだと思ったことは、一度もなかった。
「夕日ともOrangeとも違ェ」
「え、おれいんじ?」
「Ahー、西洋のでっけえ蜜柑だ」
「ふーん」
「例えるなら――そうだな。鬼灯、ってとこか」
自ら出した例えが気に入ったのか、独眼竜は満足げに微笑んだ。
「綺麗な鬼灯色だ」
なんて、便利で平和な世の中になったことだろう。近くのスーパーマーケットへ行けば、日本全国の食べ物が安価で手に入り、江戸から甲斐までは、ほんの1時間。1クリックで世界中と繋がれる。真田の旦那が好きな甘味だって、コンビニへ行けばすぐに手に入る。なんとも忍いらずな世の中である。
駅から自宅までの約15分間の道のりを、だらだらと歩く。右手にぶら下がったスーパーマーケットの袋は、今日の晩ご飯だ。
「おい忍」
懐かしい声が、頭を過ぎる。低い声が、胸に響いた。
(懐かしいな)
この声の主は、料理を趣味としてはいなかったか。そういえば、彼が作ったという肴やら茶請けは、とても美味だったように思う。まあ400年も昔の記憶なので、若干朧げではあるのだが。
「Ahー、今は忍じゃねェのか。……おい、佐助」
自分の背後から聞こえる声が、唐突に現実味を帯びた。自分は何を恐れているのか、じれったい程ゆっくりと振り返ると、肩越しに煌々と輝く隻眼が目に入る。
「……え? あんた、」
「Ha、変わってねェな。――相変わらず、綺麗な鬼灯色だ」
振り返った先にいた彼は、右の目に黒い眼帯を当てて、服装以外はあの頃と何も変わらない姿で立っていた。
「……竜の、旦那?」
どれだけの時が過ぎていようとも
(変わらない貴方は相変わらず眩しくて)
続かせたいけど続きません。
(2012.06.04)