「ゼロ。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」
青紫の瞳をした車椅子の少女が、自身の横に控えている仮面の男に向かって声を掛けた。少女からの突然の言葉に、ゼロも少し驚いたようだがすぐに是、と答えた。
初めから、どこにもなかった
(貴方に優しい世界は、何処にあったのでしょうか)
ゼロが案内された部屋は、ナナリーのプライベートルームの一つだった。シンプルで、物が少ないその部屋はアッシュフォード学園のクラブハウスに住んでいた時の部屋と似たような景観だった。あの時の彼女は目が見えなかったため、所持しているものはシンプルなデザインのものが多かった。きっと、彼女の兄やメイドの気遣いなのだろうと思う。
「ナナリー様、一体、どのようなご用件で?」
なかなか話そうとしないナナリーを見て、ゼロが口を開いた。まだまだゼロの口調になれていないスザクにしてみれば、長時間他人と会話することは極力避けたかった。ぼろが出てしまうかもしれないし、何より自分が気まずかった。
ゼロの言葉を聞いたナナリーは、漸く口を開いた。
「ゼロ……いえ、スザクさん。」
名前を呼ばれ、ゼロの肩がピクリとはねた。ルルーシュだったならば動揺を表に出すような真似はしないのだろうが、如何せん演技力には自信が無い。否、全く自信が無い訳ではないのだが、演技派のルルーシュと比べてしまうと自信が持てなくなってしまうのだ。何せ彼は、彼の演技で世界中の人間を騙す、という偉業をやってのけたのだから。
「ねぇ、スザクさん。私は、お兄様だけで良かったんです。お兄様さえ傍に居てくれれば、私はそれだけで十分すぎるほど幸せだったんです。」
ナナリーは軽く目を伏せたまま、ゆっくりと小さ目の、けれどはっきりとした声で話し出した。
「ユフィ姉様もコゥ姉様も、アーニャさんもジノさんも、シュナイゼルお兄様もクロヴィスお兄様も、お父様やお母様だっていらなかった。スザクさんでさえも、いらなかったんです。」
ナナリーの顔が、少しずつ俯いていく。太股の上で握られた手のひらは指の先が白くなるほどにキツく握られていて、見ていてとても痛々しかった。スザクは膝をついて、自身の目線の高さをナナリーに合わせる。スザクがナナリーに言葉を掛けようとすると、ナナリーが小さく呟いた。
「私は、こんなに酷い人間だったんです。お兄様には、卑怯だ卑劣だ悪魔だと散々罵っておいて、私自身は自分のことしか考えていなかったんです。」
ゆっくりと顔を上げたナナリー。その表情はとても悲しげだったが、瞳には確かに焔が宿っていた。
「スザクさん。私は、貴方を許したくはありません。お兄様を殺した人、私の唯一を奪った人、私の世界を壊した人。……どうしても、許せないんです。」
ナナリーの手が小さく震えている。スザクは、ゆっくりとその場で立ち上がった。
「それでいい、それでいいんだ。」
変声機を通した、感情の無い機械的な声。優しい言葉を掛けてあげることすらも許されない。
「私は、ゼロ。存在しないもの。今この部屋にいるのはナナリー様、貴方だけだ。だから……」
――――――泣いても良い。
その言葉を聞いたナナリーの瞳から、次から次へと涙が溢れてきた。
「…………ぃさ、ま。……お兄さ、ま………っ!!」
流れ続けている涙は、留まる所を知らない。
「……あいしています、お兄さま。誰よりも、あいしています。私の最愛のひと。いつまでも、いつまでも。永遠に、あいしています。」
心はこんなにも乾いているというのに、どうして、涙は止まらないのだろう。
嗚呼、なんて酷い世界だ。
お兄様。貴方に優しい世界はあったのでしょうか。
お兄様。私の“せかい”であり、私の“すべて”だったひと。
(2008/11/22)