不意の衝撃に、カイムの身体はドラゴンの背から振り落とされた。
アリオーシュによく似た姿形をしていた巨大な敵が、ゆっくりと瓦解していく様子をドラゴンと共に見ていた。
灰色の建物が眼下に広がるこの場所は、ドラゴンの言うとおり「神の国」なのだろうか。女神も、ドラゴンすらも超える絶対的な存在の国が、この灰色の国だというのか。
完全に地面に崩れ落ちた敵の残骸を見たドラゴンが「やったぞ」と零した安堵の声に、そうだな、と返したときのことだった。
唐突にカイムの視界の隅に現れた、見たことのないフォルムの小型の飛行式軍艦。その機体から放たれた二つの追尾弾が、ドラゴンの身体を貫いた。
気が付けばその爆風でカイムの身体は空中へと放り出されていて、支えを失ったその身体は重力に従い自然落下していく。
咄嗟に目蓋を開ければ、視界に広がっているのは厚い雲に覆われた灰色の空で、その空の真ん中で赤黒いドラゴンが舞っていた。その身体からは白煙が上がり、身体を覆っていた硬い鱗は無残に剥がれている。
「カイムっ」
弱々しくも頭に響くのは、我が名を呼ぶドラゴンの声。
「カイム」
呼びかけ続ける声は次第に力を失い、途切れがちになっていく。ドラゴンの命が尽きようとしているのだろうか。これまで、どれだけ敵の銃弾を浴びようとも倒れることの無かったドラゴンが、僅か二発の爆撃弾によってここまで弱っている。契約によりドラゴンの心臓と結ばれている己の心臓が、どくりと跳ねた気がした。
(このままここで、お前と息果てるのも悪くはないのかもしれないな)
カイムがどれだけ手を伸ばそうとも、ドラゴンに触れることは出来ない。死と天秤にかけさせ、半ば無理やり己の道へと引きずり込んだドラゴンに今、とても触れたい。
(なあ――)
「……カイ、ム」
ドラゴンの呼びかけに答える為の名を、自分は知らなかった。
上へ、上へと、両の腕を伸ばして、そのときになって初めて、カイムは自分の剣が手元に無いことに気がついた。空気抵抗の少ない剣が、自分よりも速いスピードで落下しているだろうことは想像に難くなかった。
カイムの上空で、大きく広げられたドラゴン両翼が、下からの風を受けて翻る。その衝撃で翼から剥がれ落ちた無数の鱗が、雲の切れ間から覗く僅かな光を反射して微かに輝きを放つ。
左右に大きく広げた翼が風ではためく度に、そこから落ちる鱗がドラゴンの身体の周りで輝く。
その姿はまるで。
(天使のようだ)
吐息のような微かな声を最後に、もうこれ以上ドラゴンの声がカイムの頭に響くことはなかった。
舌の上にある契約の印が、仄かに熱を持った気がした。
それはまるで天使のようで
(震えない咽喉が、酷くもどかしい)
研究所襲撃事件の犯人はカイムだと信じてる。
アンヘルはヒロイン。
(2012.06.01)