「珍しい、眠れないの?」
扉が開く音と共に耳に届いて来た聞き慣れた声に、ふと顔を上げると其処には予想と違わず自分の最愛の妻であるグレイシアの姿があった。
愛しい妻の姿に先程の言葉を認めるかのように表情を緩めると、グレイシアからは苦笑が返ってきた。
「当ててみましょうか。……あの二人のことを考えていたんでしょう?」
グレイシアの言葉に少し驚くがこちらも別に隠していたつもりは無いので、やはり見抜かれていたか、という思いの方が大きかった。
今夜自分の家に泊めた「鋼の錬金術師」エドワード・エルリックと、その弟アルフォンス・エルリック。兄であるエドワードは、史上最年少で国家錬金術師の資格を手に入れた天才少年と呼ばれている少年だ。
「国家錬金術師と言えば、世間からは“軍の狗”なんて呼ばれている存在だ。あの年でそんなの背負わされてるかと思うとなぁ……」
溜息交じりのそう漏らし、グレイシアの方へと視線をずらすとグレイシアは何も言わずに唯、綺麗な笑みを浮かべているだけだった。俺には勿体無いぐらいの良妻だなぁ、となんて今更なことを思うが口には出さず心の中だけに留めておいた。

エドワード・エルリック。

彼はまだ小さな少年だ。年齢よりも少し小柄な、唯の子供。彼は、あんなに細く小さな肩に一体どれ程の荷物を背負い込んでいるのだろうか。国家錬金術師は正式な軍人ではないにしろ立派な軍属であることは確かだ。軍からの命令には、必ず従わなくてはならない。人間兵器とも呼ばれている、彼ら国家錬金術師は軍には絶対服従の身であるが故、当然拒否権など持ち合わせていない。大きな戦があれば忽ち召集され戦地へ赴き、生ける兵器として他の人間の命を奪わなくてはならない。自分の親友、ロイ・マスタングが良い例だ。其処まで考えると、背筋を這う様な悪寒が襲い、体中から血の気が無くなった様な感覚に陥った。他人や自分の死に関する恐怖からではない。自分の軍人である。嫌と言うほど沢山の人を殺してきたのだから、今更そんな事に恐怖を抱く程初心な人間ではない。
唯、あんな子供の手がいつか他人の血に染まってしまうかもしれない、という事実に恐怖とも言えぬ感情を抱いたのだ。
世間から見れば、まだ大人の保護が必要であろう年齢の彼が、こんな道を選んだ理由など自分には到底理解し得る訳が無い。
それでも、こんな少年に人の命を奪わせかねないこの世の中は、一体どうなっているのだろうか。
軍という特殊な環境の中で、彼の笑顔が曇ってしまう所は心底見たくないと思う。彼の手が、他人の命を奪うと言う行為に慣れてしまわないことを心底願う。
子供は子供らしく、素直に笑っていてくれればいい。
こんな世の中、

「間違ってるよなぁ……」

思わず漏らしてしまった声に自分でも驚き、自分の横に腰掛けているグレイシアを見ると、グレイシアが悲しげな表情で微笑んでいた。

何故か、泣きたくなってしまった。





いじわるな神様の棲む世界
(せめて、俺達の前ではありのままの彼らであって欲しい)







仮令僅かな時間だとしても。彼らの「家族」で在りたいと、そう思うのだ。
(2009.04.07)
(title:Amaranth)