火の点いていない煙草を口に銜えたまま、ため息まじりに上司の執務室へと向かった。上司に対して銜え煙草は失礼かと思うが、当の上司がそれを咎めることをしないため、直すことをせず今に至っている。それでも、流石に上司の執務室で煙草に火を点けて、スパスパと吸う訳には行かないため、ニコチンの摂取は執務室を出るまでお預けである。
「大佐ーやっぱりありませんよー」
軽くノックして、返事を待たずにゆっくりとドアを開けながらそう言うと、分厚い書類の束と格闘していた上司が万年筆を滑らせながら答えた。声色が些か不機嫌そうに思えるのは気のせいではないだろう。
「そんな筈はないだろう。……本当に全て確認したんだろうな」
「勿論っスよ。第一書庫から第四書庫、第八書庫は全部見ましたよ」
「他はどうした」
「残りは佐官クラスじゃないと入れないでしょう」
「私が許可する。見てこい」
「……無茶言わないで下さいよ」
幾ら大佐の許可を貰ったとしても、所詮尉官クラスの位しかもっていない自分が其処に入ったことがバレてしまえば、厳重処分ものだ。困り果てて、頭をガシガシと掻くと、後ろからドアを叩く音が聞こえた。部屋の主の返事を待たずに開かれたドアから、見慣れた、金色の髪を持ち赤いコートを羽織った少年と大きな鎧が顔を出した。
「大佐!報告書!あれ、ハボック少尉?どうかしたのか?」
「こんにちは、何かあったんですか?」
ロイとハボックの表情から何か感じとったのか、二人は同じ問いかけをした。なかなか聡いな、と苦笑しながら、ハボックは事の次第を簡単に説明する。
「二年前の事件記録が見つかんなくてな。あれが無きゃ、報告書が書けなくてよー。困ってんだよ」
「二年前かー。……ほらよ、報告書」
エドワードは、自分が持って来た報告書を投げるようにロイの書類の山に重ねると、二年前二年前、とぶつぶつ呟きながら振り返る。ハボックは不思議に思ってエドワードを見ると、急にバッと顔を上げたので、こちらが驚いてしまった。
「あー……二年前のだったら、第一書庫の西のから六つめの棚の上から四列目に六冊。あと第二書庫の持ち出し禁止の本の棚の一番上の列に二冊ある。でも、八月と十二月のやつは第六書庫の東の一番奥の棚の下から二列目に三冊あるよ。……第六書庫は、此処だと俺か大佐、あとは将軍ぐらいしか入れないから、なんだったら俺が取って来ようか?」
大佐忙しそうだし。
エドワードがそう言い終えると、辺りが静まり返っていた。
ハボックは、何を言われたのか理解できていないように硬直していたし、先程までさらさらと万年筆を走らせサインをしていたロイも、目を見開いて動きを止めてしまっている。そんな二人の反応にアルフォンスとエドワードが首を傾げた。
「……あれ。俺、何か変な事言った?」
焦ったようなエドワードの言葉に、一番に自分を取り戻したロイが恐る恐る、と言うようにエドワードに問い掛けた。
「鋼の。まさかとは思うが、君は此処の書庫の並びを全部覚えているのか」
「え?あぁまぁ。なんとなく、な」
エドワードはそう言って照れたように頭を掻いた。
エドワードとロイのやりとりに、アルフォンスは納得したようにポンと手を打った。
「そっか、大佐達は知らないんでしたね。兄さんって、図書館とか本屋さんの本の並びまで全部覚えてるんですよ。此処の書庫は、大佐が何度も見せてくれているでしょう?だから覚えててもおかしくはないんですよ」
そうアルフォンスが自慢げに言うと、ロイは「ほう」と相槌を打ちながら興味深そうにその話を聞いている。
ロイとアルフォンスの会話を聞きながら、ハボックはエドワードに訊ねた。
「……じゃあさ、大将。ヒェルミック事件の資料の場所、知ってるか?」
「ヒェルミック事件?……あぁ、あれも第二書庫だよ。入って三列目の棚の上から五段目にでっかいファイルが入ってる」
「ちょっと待てハボック、其れは私が昨日探すよう頼んだ資料じゃなかったか」
エドワードからの報告書をめくりながらロイが言った。
「昨日、見つからなかったんっスよ。だれかさんが絶対第一書庫って言ってたんで、其処しか探さなかったんですよ」
ハボックがロイを見ながらニヤリと笑うと、ロイが僅かに悔しそうな表情を浮かべる。ロイの珍しい表情に、エドワードとアルフォンスが笑みを浮かべた。
「……っ鋼の、誤字だ。直しておけ!」
無理矢理に話題を変えるロイの言動にとうとうハボックが笑いだした。堪えようとしているのだろうがクツクツと笑うハボック。時折漏れるその笑い声に、ロイはハボックを睨み付けた。
「え、まじ」
確認したのにな、と呟きながら直すエドワード。いつの間にか仕事の顔に戻っている自分の上司と、真剣な表情のエドワードを見て、ハボックは踵を返した。
(そういえば、こいつは“天才最年少国家錬金術師”なんだよな)
指パッチンで火をつける上司に、両手を合わせて武器を作る子供。どうして自分の回りはビックリ人間ばかりなのだろう、と小さく溜め息を漏らした。
執務室から出るとポケットからライターを取り出して、口元の煙草に火を点ける。ゆっくりと息を吸うと肺の中一杯に煙が染み渡っていく感覚。息を吐き出して、自分の仕事をすべく書庫へと向かった。
吐き出した煙の行く先は
(もしかしたら、頭の構造からして違うんじゃないだろうか)
その場の勢いで書くと、科白が多くなるって事がわかった。
(2009.06.20)