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「鋼の。君は、誰にも膝を折るなよ」
ロイは、エドワードから渡された分厚い報告書を捲くりながら、顔も上げず、唐突ににそう言った。
二ヶ月振りにやっと顔を出したかと思えば、エドワードは何とも大量の報告書と始末書を携えてやって来たのだ。
最低でも一ヶ月に一度は定期的に報告しなさい、と言ったものの、それが守られたのはこれまでを足して合わせても両の手で足りる程の回数である。
「……は?」
ロイの目の前のソファーに腰掛け、美味しくもないコーヒーに口を付けようとしていたエドワードは、さも不思議そうな顔をしてロイを見る。恐らく自分に向けられたのであろうその言葉に、エドワードはコーヒーカップを手放してしまいそうになる。とうとう狂ったか、とでも言いたげなエドワードの表情に、ふと報告書から視線を上げたロイは、僅かに苦笑を浮かべた。
「何だね、その顔は」
苦笑を隠そうともせずにそのままの表情でそう問うと、エドワードはロイから目を反らし、手に持ったコーヒーをもう一度、僅かに口に含んだ。
「軍に忠誠を誓うこと、ってのが国家錬金術師の大原則だろ? 俺に、散々そう言ってきたくせに、何だよ今更」
読み掛けの報告書を閉じると、ロイも机の隅に置いてあったコーヒーカップに手を伸ばした。エドワードの物よりも更に温くなってしまっているそれを、ゆっくりと口へ運ぶと、あまりの濃さに思わず吹き出してしまいそうになる。そういえば、自分から副官に濃いめにするように頼んだのだったな、と思い出し、過去の自分を呪った。僅かに眉をひそめたことをエドワードに気付かれないように軽く咳ばらいをして、コーヒーカップを元の位置に戻すと、自分の執務机に肘を付き、手を組んだ。
「軍への忠誠など、上辺だけ装っていれば十分だろう」
「良いのかよ。上司がそんな事唆して」
「上辺だけの忠誠しか誓っていない上司に、心からの忠誠を誓え、と言われても説得力が無いだろう?」
「確かにな」
自分の言葉に返された、皮肉の混ざった何とも彼らしい返答をほほえましく思いながら、ロイは手を組み替える。エドワードは、いつの間にか空になったコーヒーカップを目の前の机の上に置くと、無駄に高級そうなソファーの背にもたれ掛かって足を組んだ。
「ま。君は、やりたいようにやればいいさ」
そう言うと、エドワードが眉をひそめる。困っているような、怒っているような表情を浮かべた。
「骨の髄まで腐りきっている上層部の狸爺供には頭を下げる暇があれば、さっさと目的を果たせ、って言いてぇのか?お優しい大佐殿だな」
吐き捨てるかのようにエドワードが言う。
「将軍にも、司令官にも。――大総統にも、か?」
「当然だ」
ロイがそう間髪置かずにそう答えると、エドワードはゆっくりと足を組みかえた。ロイを見定めるかのような表情で、じっと見つめている。
エドワードは表情を崩さず、相変わらず不機嫌そうだった。
「じゃあさ、……――大佐には?」
「私に?」
まさか、その様に切り返されるとは思っておらず、ロイは少しばかり驚いた表情を見せる。思わず聞き返すと、エドワードはロイの反応に少しばかり気を良くしたのか、意地の悪い笑みを浮かべ、真っ直ぐにロイをを見つめていた。
「――あんたには、膝を折らなくても良いのかよ」
俺の、大事な大事な後見人様だろう?
エドワードが再度問い掛けると、ロイはクツクツと音を殺して笑った。
「――私に膝を折るなど、以っての外だ。そうだろう? 鋼の錬金術師」
さも自信ありげなロイの答えに、エドワードは苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めたのだった。
まだ細く、小さな背中が
(これからも、しゃんと伸びていられるように)
いつまでも、誇り高くあっていて欲しい
(2010.01.12)