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 自分の目の前に置かれたマグカップを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。ふう、と息を吹きかけるとカップから立ち上る白い湯気が霧散した。
 エースの向かいにはクラサメが座り、左斜め前にはカヅサが、左隣にはナギが腰かけている。
 会話は決して多くはないが、沈黙も重くはない。
 変化の少ない彼らの表情を読んで会話の均衡をとるのは、よく見てみれば彼だった。それを恐らく彼は自覚もなく、しれっとした顔でこなしている。
 目の前に並んでいるコーヒーひとつとってもそうだ。僕のコーヒーにはひとつの砂糖とミルクを少し。クラサメのコーヒーにはミルクはなしで砂糖をひとつとおまけにひと欠片。ナギは砂糖はなしでミルクをすこし。カヅサはクラサメのコーヒーに入れたおまけの残り。四人合わせて少しのミルクと砂糖が三つ。全員の好みを把握して、しかもその日の体調や気分に合わせて少しだけ違ったコーヒーを注いでくれる。
 今だって軽口を叩いて、クラサメに睨まれているが、それが会話には入れなかった僕への気遣いであるとわかったから、つい苦笑が漏れた。
「……なれるなら」
 会話の腰を折って唐突に口を開いた僕に、三人の視線が集まる。三対の瞳に不思議そうに見つめられ、意図せず息を詰める。カップに残っていたコーヒーを口に流し込むと、空のカップをテーブルに置いた。
 そのカップをみたカヅサは自分もカップから手を離す。きっとすぐに二杯目のコーヒーを注いでくれる気なのだろう。
 ほら、やっぱりだ。
「あんたみたいになりたいな」
 カヅサを見ながらそう溢せば、三人共が見事に動きを止めた。クラサメとナギは各々自分のカップを手にしたまま、カヅサは僕のカップに手を伸ばした中途半端な姿勢のまま静止している。
 たっぷり数十秒硬直してから、ようやく我にかえり、手にしていたカップをテーブルに置いた隊長が口を開く。

「……それは、考え直せ」






目を凝らして耳を澄まして
(見えなかったものまで見えるように)
(聞こえなかった声が聞こえるように)











カヅサは見えない潤滑油。(カヅサが気に入った人専用)
(2012.11.27)初出
(2012.12.18)修正