嗅ぎ慣れた生臭い匂いを感じた気がして、閉じていた目ゆっくりと開くと其処には唯、広大な自然が広がっているだけだった。
とは言うものの、目の前に広がっている風景はそんな暖かなものではない。自分の周囲には夥しい血液、咽返ってしまう程の錆びた鉄の臭い、折り重なっている無数の屍。其処は、戦場だった。
現在は敵さえ居ないものの、これまで此処で何が起こってきたのかを容易に想像することが出来るような光景に、思わず息を呑んだ。
空を見上げると雲に覆われた薄暗い空があり、視線を下ろせば視界に入ってくるのは大量の血液によって紅く染まった土の地面であった。最早原形を留めていない屍や、もう使い物にならない程にぐにゃりと曲がった刀。次々と視界に入ってくる風景。

嗚呼、夢だ。

根拠も無くそう思った。溜息混じりに視線を移すと、自分の腰にしっかりと収まっている真剣が目に入った。今は禁じられているそれが、当たり前のようにその場所に収まっていることが何だか可笑しくて、苦笑をもらした。
柄に手をかけて刀身を一尺程鞘から出してみると僅かに、真剣独特の銀色の光を放っているのが分かった。自分の手にかかる、木刀とは違う重みが酷く懐かしく、愛おしささえ覚えてしまう。
地面をゆっくりと這っていくかのような生暖かい、戦場の風を感じ懐かしさが込みあがってきた。しっかりと握り締めていた刀を鞘へと戻すとカチリと小さく音を立てたが風に流されてしまい、はっきりとその音を聞き取ることは出来なかった。
久しぶりに目にした白装束は紅い血に染まっていて、自分の体をまじまじと見つめてみるとそこら中に切り傷があることが分かった。このままではどうしようもないので取り敢えず現状を理解しよう、と足を一歩踏み出すと右足にあった切り傷がズキリと痛んだような気がする。そんな訳は無いだろう、なんて考えながら二歩目、三歩目と足を進めるのだが、地面に足を付ける度に足の切り傷から血液が流れ出して、言いようの無い痛みが足を襲った。
しゃがみ込んでしまいそうになるがそこはぐっと堪えて、何を思ったか打刀の横にある脇差に手を伸ばした。頭の中では思考が混ざり合って五月蝿い程に警鐘音を鳴り響かせていた。まさか、と今までに無い程に動揺する一方、そんな事は無い、と冷静に考えている自分が居る。真実を確かめてしまっては逃げられなくなってしまう、と分かっているのに自分の右手はしっかりと脇差を握っていたのだった。打刀に比べて小振りで短い脇差を鞘から抜くと、打刀同様、美しい銀色の光を微かながらに放っていた。
それを、自分の左手首の少し下へピタリととあてがう。更に大きく鳴り響いている警鐘音を振り切るかのように、固く目を瞑り一気に脇差を引いた。
その刹那に左腕に走った鋭い痛み。傷口からは血液が溢れ、鼓動がより一層高鳴った。
深紅の血液が、傷口から肘を伝って地面に落ちた。

左腕の痛みが、全てを物語っていた。

脇差に付着した自分の血を拭い、鞘へと戻す。空いた右手で、恐る恐る左腕の傷口付近に触れると、ぬるりとした不気味な感触があった。

「おいおい、マジかよ……」

思わず、呟いていた。






物凄く面白くない事になりそうだ
(懐かしい空気、懐かしい感触、全ては過去の遺物)






俺が、一体何をしたというのだ
(2009.03.08)