俺は見たんだ、しっかりとこの目で。
周りの奴らは皆ゼロばっかり見ていたけど、俺はずっとお前を見てた。
ゼロに刺されて、倒れこんだお前の顔を。
悲しそうで、苦しそうで。それなのに嬉しそうで、凄く満足そうな顔。
なのに、凄く凄く寂しそうに見えた。
いつも、感情をあんまり表に出さないお前だったけど
この時のお前の表情は、何時もに増して綺麗だったと思うんだ。
嘘だらけの世界の片隅で
(微かに光り輝いた、貴方の不器用な優しさ)
奇跡の男"ゼロ"が、悪逆皇帝ルルーシュを殺害してから3週間が過ぎた。しかし、リヴァルにしてみたら、"たった3週間"だ。世界は未だゼロが起こした奇跡に沸いていた。この世界を支配し我が物にしようとしていた悪逆皇帝を、死んだとされていたゼロがその場に現れ罰を下したのだ。ニュースもワイドショーもその話で持ちきりだったし、世界中がルルーシュの死を喜んでいるように思えた。まぁ、事実そうなのだろうと思う。
アッシュフォード学園にはカレンが戻ってきた。カレンは黒の騎士団のエースで、悪逆皇帝ルルーシュに立ち向かっていった英雄だった。カレンは俺よりずっとルルーシュの近くに居た筈なのに。嘗ては大好きだった筈の学校へ行っても、死んでしまった自分の悪友がこれ以上ないほどに侮辱されて、自分の悪友を殺そうとしてた奴が英雄と称されて幸せそうに笑っている。皆、優しかった生徒会のルルーシュのことは忘れてる。そんな世間の様子に苛立ちを覚えて仕方が無かった。
リヴァルは手元に在ったリモコンのボタンを乱暴に押し、ゼロの奇跡を語り続けるテレビの電源を切った。顔を上げると見慣れたいつもの生徒会室の風景が目に入る。しかし、その風景はリヴァルが知っている風景とは遠く離れたものだった。いつも響いていた賑やかな声も、今は聞こえない。沢山並んでいる椅子も殆どは使われずに埃をかぶっている。
俺の斜め前には頬杖を付いて居眠りしてるルルーシュがいて、ルルーシュの向かいに座ってるミレイ会長が重要な書類を丸めてルルーシュを叩き起こしてた。その横にはシャーリーがいてチラチラとルルーシュのことを心配そうに見ているんだ。部屋の隅ではニーナがパソコンを弄ってて、時々俺達の会話を聞いてはクスっと笑ってた。スザクはしょっちゅうアーサーに噛まれてて、そんなスザクを見て苦笑いしながらカレンがアーサーを抱き上げるんだ。カレンたちが居なくなってからは、ジノとアーニャが来た。アーニャは色んな物を写真に収めてて、皆の様子を見てたジノは、とうとう堪え切れなくなってに楽しそうに大声で笑うんだ。そこに難しそうな顔をしたロロが入ってきて、ルルーシュを見つけた途端、嬉しそうにに駆け寄っていく。そして俺は、ルルーシュの近くで笑ってるんだ。ルルーシュに賭けチェスを持ちかけては、シャーリーに怒られてた。
ついこの間まで、そんな光景が此処に広がってた。
「…何でだよ………。」
ポツリと呟いたリヴァルの声は、誰にも届くことなく霧散した。
溜息をつきながら背凭れに体重を預けると、ギシリと小さく音を立てた。誰も居ないこの部屋では、ほんの僅かな音でもとても大きく感じてしまう。窓の外は日が沈みかけていたため、少し眩しかった。普段なら他の生徒の声が響いているはずなのだが、何も聞こえない。聞こえるのはギシギシという椅子の悲鳴と、たまに吹く風の音だけだった。学生寮の殆どが使えなく無くなってしまっているため、殆どの生徒が自宅通学になったからである。そんな事態になってもリヴァルはこの学園の生徒会室から動かなかった。寝泊りはクラブハウスでどうにかなったし、何よりリヴァルが此処から離れて居たくなかったからである。
悪逆皇帝ルルーシュは、間違いなくアッシュフォード学園の生徒会副会長ルルーシュ・ランペルージであった筈だ。俺が知っているルルーシュは、チェスが得意で頭のいい普通の学生だった。同じ生徒会で、同じクラスの仲間で、一緒に賭けチェスもした。俺があのサイドカーを買ったのだってルルーシュを乗せる為だった。普段は冷たいくせに時々凄く優しくて、不器用で。弟のことを大切にしていたルルーシュ。体力は人並み以下だったからすぐバテて、そのくせ凄く意地っ張りで負けず嫌い。
思い返せば思い返すほど色々な想いが溢れてきた。俺にとってのルルーシュは掛け替えの無い悪友であり、大切な大切な親友だった。他の奴等よりはルルーシュの事を知っている自信があったし、ルルーシュも少しは俺に心を許してくれていると思っていた。それなのに―――――
もう一度溜息を漏らし、そろそろ部屋から出ようかと考えていた時、自分の背後にある扉が開いた。こんな時期にこの部屋に入ってくる人物が想像できず、もしかしたら、と淡い期待を胸にゆっくりと首を回して後ろを見る。しかしリヴァルが見たのは、引退したはずの元生徒会長、ミレイの姿だった。
「……会長…?」
「電気がついてたから、いるのかなって思ってね。」
それと、ちょっと期待しちゃってね。と言いながらにっこりといつもの笑顔を見せたミレイだが、その目の淵は赤く染まっていた。もしかしたらルルーシュが戻ってくるかもしれない、そう思ってしまう。それはミレイも同じだったようだ。俺は、会長がルルーシュの事を想っていたことに気付いていたから。
いつものように、面倒臭そうに生徒会室に入ってきて、どうしたんだ?元気が無いな。とか言いながら俺の隣に腰掛ける。そんなこと起こる訳無いのに、どうしても、どうしても期待してしまう。
部屋に入ってきた会長はゆっくりと、俺の斜め前の席に座る。去年まで会長がいつも座っていた場所。ルルーシュの向かいの席。
「あのね、……ニーナが教えてくれたのよ。ルルーシュの秘密を。」
「ルルーシュの、秘密?」
ミレイ会長は悲しげに目を伏せたままゆっくりと話し出した。
「全部、ルルーシュのシナリオ通りなんだってさ。自分が無理矢理この世界を掌握して世界中を敵に回すことも、あそこにゼロが現れることも、ゼロが、……ルルーシュを殺すことも。全部。」
リヴァルがハッと顔を上げると、涙を流している会長の顔が見えた。いつも、どんな時でも泣いた事なんて無かった会長が、ぽろぽろと涙を零していた。表情は笑っているように見えるけれど、その瞳からは止め処なく涙が溢れている。
「ルルーシュはね、自分の身に世界中の憎しみを集めて死んでいくことで、優しい世界を創ろうとしたんだって。全部ルルーシュの計算通りなのよ。ぜんぶ、全部ね。」
そう言ったきり、口を閉ざしてしまった会長。会長の言葉を聞いて驚いたのは確かだけれど、それよりも納得という気持ちのほうが大きかった。大体のことは繋がった。ルルーシュの不可解な行動の理由も、ルルーシュの最期の表情の訳も。
「会長、俺さ。ルルーシュの最期の顔、見たんだ。痛い筈なのに苦しい筈なのに。ルルーシュの奴、幸せそうに、満足そうに笑ってた。俺、あいつの近くに居た筈なのに、あんな顔初めて見たんだ。」
机の上に乗せている手のひらをキツく握りこんだ。少しだけ伸びた爪が手に食い込んで痛かったけど、こんなのルルーシュが感じた痛みに比べたら、どうって事は無い。
「俺、あいつの傍に居ればよかった。ゼロも、99代皇帝も確かにルルーシュかもしれない。だけど、この学園にいたルルーシュ・ランペルージだってルルーシュには変わりないんだ。間違いなくルルーシュっていう人物の一部ではあったんだ。俺は、貴族でもないちょっと裕福な唯の一般人だし、ニーナみたいに凄い知識をもってるわけでもないし、スザクみたいにナイトメアを動かせるわけでもない。あんな凄い人たちの中じゃ、ルルーシュは俺なんか相手にしてくれないかも知れない。でも…それでも!“何か”は変わったかもしれない!今とは違う、あいつも…ルルーシュも一緒に居る優しい世界が出来たかもしれない。だって、ルルーシュは頑固で意地っ張りだったけど、いつも、最後は優しかったから。」
リヴァルの斜め前で涙を零しつづけている会長も、この言葉に力強く頷いた。
ルルーシュはいつもそうだった。なんだかんだ言って、最後には俺達のことを思ってくれてたじゃないか。
「俺の我侭だって何度も聞いてくれたし、会長のイベントにだってちゃんと参加してた。いつもいつも、仕方ないな、とか今回だけだからな、って言って苦笑いするんだ。何で俺、気付けなかったんだろう。気付いてやれなかったんだろう。あんなに優しい奴だったって知ってたのに。知ってた筈なのに。何で、どうしてあいつが死ななきゃいけなかったんだよ。ルルーシュは皆に恨まれながら独りで死んでいった。俺は、今の今まで気付けなくて……俺が、皆が、この世界が、ルルーシュを殺したんだ。あいつを独りきりで死なせたんだ。あんなに優しい奴を、独りで。」
自分の頬を、涙がゆっくりと伝って落ちたのが分かった。次から次へと溢れてきて止まらなかった。ルルーシュのことを思い出す度に、後悔ばかりが積もっていく。もっと遊べばよかった、もっと巫山戯れば良かった、いろんな事をやっておけば良かった。そんな事、いつだって出来ると思ってた。いつだって会えると思ってたんだ。でも、いつの間にか遠くに行って、いつの間にか、もう2度と会えなくなってた。俺達が、何をするでもなく過ごしていた間、ルルーシュは人の命を背負って戦ってた。痛みに耐えて、前に進んでた。
今回ばかりは、ルルーシュの頭のよさが嫌になったよ。こんな計画、成功しなくて良かったのに。悔しいけど、お前の計画通り、世界中の憎しみはお前のところに――――――
「あ!……会長、ルルーシュの計画は世界中の憎しみをルルーシュに集めること、なんですよね?」
「え……?えぇ、そうだけど……」
「じゃあ、ルルーシュの作戦は失敗。だって、少なくとも俺と会長はルルーシュのことを憎んでなんかいない!」
リヴァルは、未だに流れ続けている涙を止めようともせず、其の侭にっこりと笑って言った。
会長はリヴァルの言葉に驚きを隠せなかったが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「……そうね!その通りよ!」
残念だったなルルーシュ、お前の計画は失敗だ。
だって、俺と会長の憎しみは集められなかったんだから。
俺は、俺自身とこの世界を憎むよ。お前が折角創ってくれた世界だけど
お前が居ない世界は、どうも好きになれそうに無いんだ。
だからお前の計画は失敗なんだ。
だから、だからさ。かえって来いよ。
もう一度、お前も笑って居られる世界創るための計画を立て直さなきゃいけないだろ?
俺、待ってるから。此処に帰って来いとは言わない。
お前の帰る場所は、俺が創るから、だから――――――
なぁ、頼むからさ。俺たちがいるところに、かえって来てくれよ。
(2008/10/19)