微笑んだ会長の表情は酷く痛々しかったけれど、それでも数分前に比べたら随分と会長らしい表情に戻ったと思う。この表情が、昔と同じ明るい表情に戻る日は来るのかと、ふと思った。会長には笑っていて欲しいと思うのは確かだけれど、この学園には、優しかったルルーシュ・ランペルージが存在したという事は忘れないでいて欲しいとも思うのだ。ルルーシュの真意を知っている人間がこの世にどれだけ居るのかなんて想像すらつかないが、きっと数える程だろうと思う。そうでないとルルーシュの計画はこんなに綺麗な形で幕を下ろすことは出来なかったと思うから。ルルーシュの真意を知りながらも、この世界で笑いながら幸せに生きていくという選択もあるだろうが、少なくとも俺自身には出来そうもない。例えそれがルルーシュの願いだったとしても、だ。一番この世界を必要としていたルルーシュを犠牲にした世界で、友達が居ない世界で笑って生きるなんて、そんな器用なこと俺には出来ないと思うから。会長がこれからどのように生きていくかなんて俺には分からないけれど、ルルーシュのことを思い返している会長の表情はとても悲しそうで、とても苦しそうだったから、きっと俺と同じなんじゃないのかなと思う。
先程まで涙を流していた為まだ少しだけ熱を持っている自分の目元にそっと触れ、会長に格好悪い姿を見せてしまったな、と思い少しだけ後悔した。
「会長、紅茶入れますよ。ダージリンで良いですよね?」
ルルーシュが淹れたやつ程おいしいのは淹れられませんけどね。と言い、ゆっくり立ち上がった。
リヴァルの言葉に、ミレイは苦笑を浮かべながら小さくありがとね、と呟いく。ルルーシュは紅茶と淹れるのが上手かった。コーヒーだったら、バーでアルバイトしている俺のほうが上手かったかもしれなかったけど、紅茶の方は圧倒的にルルーシュが淹れたものの方が美味しかったのだ。舌が肥えている会長だって絶賛していたぐらいだ。生徒会で紅茶を淹れるのはいつもルルーシュの役目だったし、本人含む生徒会メンバー全員がそれで納得していたように思う。そりゃあ、誰だって飲むなら美味しい方を飲みたいだろう。
お茶の葉は何処だったかなー、と思いながら隣にある給湯室の方へと身体を向けた。すると、生徒会室の扉がシュッと音を立てて開いた。
「失礼する。お前達は、ミレイ・アッシュフォードとリヴァル・カルデモンドで合っているか?」
突然生徒会室に入ってきた男性。この人は……確か。
「ジェレミア・ゴットバルト卿……?」







色のない風景、色のない世界
(無色からの開放。先に待つのは、美しく色付いた世界。)







見覚えのある顔。皇帝だったルルーシュの横に立っていた人物ではなかったか。パレードの時、突如現れた仮面の男ゼロに立ち向かっていった人物。ついこの間まで、神聖ブリタニア帝国の中枢に居た人物だ。そんな人物が何故こんな所に、アッシュフォード学園に居るのだろう。
リヴァル後ろで椅子に腰を掛けて居たミレイが、突然の客人の顔を認めた途端に慌てて椅子から立ち上がりリヴァルの横に並んだ。リヴァルがちらりとミレイの方に視線を移すと、ミレイは静かな表情でじっと相手を見つめていた。
このような状況でも恐れることなく相手を見つめることが出来るところは、流石はアッシュフォード家の令嬢、とでも云うのだろうか。こういった場での自分の無力さを思い知らされる。ふとそんな事を考えていると横から会長の凛とした声が聞こえてきた。
「ゴットバルト卿。どういったご用件でこちらへ?只今、祖父はおりませんが。」
「否。用があるのはお前達の方だ。少しばかり質問に答えてもらいたい。……ああ、そんなに畏まるな。座って良い。」
「…はい、失礼します。」
会長が軽く会釈をして自分の席へと戻っていくのを見て、リヴァルも同じ様に会釈をし、恐る恐る自分の席に腰を掛ける。ここでの会話は会長に任せようと決め、リヴァルは口を閉じた。そんな二人の様子を見て、ジェレミアは机の近くへと歩みを進めた。二人を交互に見ると、ゆっくりと口を開いた。
「先程の会話を聞かせていただいた。聞く限りではお前達は大体の事は知っているようだが?」
「ニーナに、聞きました。ご存知でしょう?ニーナ・アインシュタインです。彼女はうちの生徒でしたので。」
「そうか……。」
そう言って少しの間、口を閉ざしたジェレミア。その様子は躊躇っているようにも見えた。しかし意を決したのか、ジェレミアは一度息を吸うとゆっくりと口を開いた。
「これはルルーシュ様の意に反する行動だが、ルルーシュ様のことを大切に思っているお前達ならば、と思っての行動だ。一度確認させてくれ。お前達は、ルルーシュ様を憎んでいるか?」
ジェレミアの質問に、リヴァルがガタリと音を立てて立ち上がり、勢いよく答えた。
「そんなの、ありえない!さっきまでの俺達の会話を聞いてたなら、分かるだろ!」
突如響いたリヴァルの言葉に、ジェレミアとミレイが驚きの表情を見せている。思わず口を突いて出た言葉だった為、怒鳴るような形になってしまい、その事に気が付いたリヴァルが慌てて謝罪を述べた。貴族制度は数ヶ月前に廃止されている為、彼はもう辺境伯という地位ではないとはいえ、ジェレミアは軍でも活躍していた人物である。それだけでなく、ついこの間までブリタニア皇帝の傍に居ることを許されていた人物である。リヴァルのような一般の学生が普通に話して良いような相手ではないのは確かだ。
「構わない。それでは、本題に入るとしよう。お前達。真実を知る覚悟はあるか?」
「真実……?」
「それは、私達が知っている情報は事実ではない、ということでしょうか。」
ミレイとリヴァルは、ジェレミアを訝しげに見つめている。
自分達が知っているこの情報が嘘だったというならば、ニーナが自分達に嘘を教えたという事になる。ニーナが、こんなに性質の悪い嘘を言うような子ではない事はミレイもリヴァルも良く知っている。ならば、ニーナが得た情報からして誤っていたことになってしまう。一体どういう事なのだろうか。
「否、お前達の情報は間違ってはいない。……そうだな。簡単に言うのなら、お前達はもう一度ルルーシュ様にお会いしたいか、という事だ。」
「そんなの、会えるなら会いたいに決まってます。でも、でも!俺達……私達が会いたいのは、もう冷たくなって動かなくなっちまったルルーシュじゃない!まして、ルルーシュが埋められてる場所でも。生きてて、動いてて…笑ってるルルーシュに会いたいんです。」
ミレイは、今のジェレミアの言葉に多少の違和感を覚えたが、向かいから聞こえたリヴァルの言葉によってその考えは霧散した。リヴァルが言った言葉は、ミレイ自身の気持ちでもあった。会うことが出来るのなら、もう一度会いたい。何度そう思っただろう。
「そうか。ならば、お前達の記憶を元に戻そう。」
「記憶を、元に戻す………?」
「それは一体……?」
ジェレミアの言葉を聞いた二人の頭には、疑問符が浮かんでいた。記憶を戻す、とは一体どういうことなのだろうか。自分の記憶なんて疑った事は無かったし、疑おうと思ったことも無い。彼の言葉を聞く限りでは、自分達の記憶は間違っているということだろう。しかし、いきなり自分の記憶が間違っているのだ、と言われても俄かに信じられる筈もない。こんな状況で冗談を言うようにも思えないし、そのような空気だった訳でもなかった。そんな二人の様子を見たジェレミアは、直ぐ分かるさ。とだけ呟いて自身の左眼に意識を集中させた。左眼にだけ付けられているオレンジ色のマスク。その中心部分が開いたのをリヴァルの目が捉えた途端、リヴァルの頭の中に次から次へと大量の映像と情報が流れ込んできた。まるで走馬灯のようだ、と思う。
一瞬にして自身の中に流れ込んできた映像。それは、一年前の記憶だった。スザクがいて、カレンがいて。そして、会長とシャーリーがいて。ルルーシュの横には、ロロでは無くナナリーがいた。ピンクの可愛らしい車椅子に乗っている、ふわふわの髪をしたルルーシュの妹。ナナリー総督だ。
「ルルーシュと……ナナちゃん………?」
リヴァルがポツリと小さく呟いた。会長の方へと視線を移すと、会長は目を見開いて己の腕で自身を抱きしめて小さく震えていた。その場にガクリと膝を突くと、震えている唇をゆっくりと開いた。
「また、守れなかった…。アッシュフォードは、お二人を御守りすることが出来なかった……!今度こそは、と誓ったのに。また、守れなかったっ!」
会長の言葉を聞いたリヴァルは、理解できず呆然と立ち尽くしていた。会長は、まるで壊れたCDプレーヤーのように、同じような言葉を繰り返し続けていた。守れなかった、守れなかった。誓ったのに。と、呟きつづける会長に声を掛けたのは、ジェレミアだった。
「アッシュフォードは良くやってくれていた。感謝している。とルルーシュ様が仰っておられた。自信を持っていい。…ルルーシュ様は、お前達のことをとても気にかけていた。―――だから私も此処へ来たのだ。」
そこで一度言葉を切り、姿勢を正したジェレミア。ミレイとリヴァルとじっと見つめ、一息ついた。ジェレミアは少し躊躇ったようだが、ルルーシュ様申し訳ありません、と呟いてから徐に口を開いた。
「これはルルーシュ様のご命令に背く事ではあるが、ルルーシュ様の事を思ってのこと。お前達には真実を告げようと思う。……ルルーシュ様は、生きていらっしゃる。」

思わず、耳を疑った。
今、目の前に居る人物は何と言った……?ルルーシュが、生きている?まさか。だってそんな筈は無い。
俺は見たんだ、ルルーシュが刺された瞬間を。俺の目の前で、ルルーシュは確かにゼロに刺されたんだ。剣が引き抜かれた胸から血がどんどん溢れ出てきて、ゆっくり前に倒れ込んだんだ。豪華な白い衣装に、血の赤が痛々しい程に映えていたのが今もこの目に焼きついて離れないのだ。ナナちゃんのもとでルルーシュが満足げにゆっくり目を閉じたその瞬間を、俺は確かに見た。なのに、何故?
「ルルーシュ様の計画では、確かにあの場でルルーシュ様が命を落とす予定であった。しかし、私達がルルーシュ様の御命令に逆らい、ルルーシュ様が死ぬことの無いように手配したのだ。」
そういえば、ルルーシュの遺体が乗った車を退かせたのはジェレミアであった。話によると、人質が開放されゼロが車から飛び降りた後、ルルーシュが乗っていた車は静かに後退していった。その後、ルルーシュは最先端の治療を受け、蘇生したという事らしい。
「じゃあ、ルルーシュは本当に……。」
「ああ、ご存命でいらっしゃる。」
ジェレミアの言葉に、二人は歓喜に震えた。
「会長っ!ルルーシュが、ルルーシュが生きてるっ!」
リヴァルの言葉に、ミレイが何度も何度も頷く。気持ちが言葉にならないのだろう。リヴァル自身も、一杯一杯だった。テーブル越しに会長の手のひらを両手で握り、上下に勢い良く振った。それにつられて会長の綺麗な金色の髪がふわりと揺れている。会長の手を離し、ジェレミアの方へと身体を向ける。
「あの……。ルルーシュは今、何処に居るんですか?」
ブリタニア本国では無いだろう。日本や中華でも、見付かってしまう可能性がある。ルルーシュなら、もっと遠くへ行くだろうか。人目に付かない場所へ。
「その事なのだが…。――――お前達は、全てを捨てられるか?友人や家族、地位も全て。」
「全てを?」
ミレイが、感情を抑えた声で訊ねた。全てを捨てるとは、一体どういう事だろう。
「ああ。ルルーシュ様は今、遠方の山奥におられるのだ。私は、お前達がルルーシュ様の傍に居てくれればと思っている。そうすれば、ルルーシュ様も気が休まるだろうと思ったのだ。二十歳にも満たない者にこのような事を言うべきではないと分かっているのだが―――――
「俺、行きます。もう後悔はしたくない。北極だろうが火星だろうが、ルルーシュと一緒に俺もそこで暮らす。」
「私もそこに行くわ。おじいちゃんとかTV局の人達には怒られちゃうかも知れないけど……私は、私のやりたい事をするって決めたんだもの。」
そう言いきった二人の瞳は、先程までとは違い決意に満ちていた。
二人の力強い言葉を聞いたジェレミアは、ほんの僅か、唇に笑みを浮かべた。

「……感謝する。」








もう。後悔は、したくないから。
(2008/10/26)