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眩しい太陽の光を感じて空を見上げると、太陽は先程見上げた時に比べてかなり西側へ移動していたようだった。新八は、かなり遅くなってしまったな、何て考えながら自分の両手に下がっている大き目の買い物袋をもう一度持ち直してから歩みを進めた。最近は曇りがちだった空も、今日は一段と蒼かったのだが今は西の空に沈みかかっている太陽の所為でオレンジに近い色になっていた。久しぶりに目にした雲一つ無い空は眼に痛いほど綺麗で、思わず顔を顰めた。
毎日毎日歩いている万事屋への道のりはとても慣れたもので、目隠しをしていても歩くことが出来てしまうのではないか、何て到底不可能なことを思ってしまう程だった。そんな事を考えながらも、自分の足は着々と万事屋へと向かっていて、先程の「到底不可能なこと」もいつか可能になってしまうのではないか、と思い苦笑をもらした。
新八の両手に下がっている大きな買い物袋の中には溢れんばかりに沢山の食材が入っている。その食材は今夜の夕飯、鍋の材料であるため根菜等も多く入っており、かなりの重さがあった。万事屋で夕食を食べる時は大抵鍋で、その日の買い物はいつも重い袋を下げながら帰らなくてはいけないのだが、今日は些か重い。特売日だった為買いすぎてしまったのだ。
やはり多すぎただろうか、と思い手元の袋をチラリと見ると3人分にしては多いのではないかと思う程の量の食材が目に入った。もともと万事屋には途轍もない大食らいが一人居る為、普通の3人家庭よりも食材の量が多くなってしまうのは致し方ないのだが、流石にこれは多すぎた。
(……明日も鍋かなぁ……)
小さく溜息をついて上を見上げると、とても見慣れた馬鹿げた看板が目に入った。2階からは僅かに声が漏れてきていて溜息をついた。神楽は定春と散歩に行っている為、他の誰かが万事屋に来ているのだろう。少し耳を澄ませてみるとその声が、自分の雇い主である銀時と、矢鱈と銀時にかまっている長髪の攘夷志士のものであることが分かった。
また彼が来ているのか。
彼がうちへ来た日は、大抵ドアが壊れたり窓が割れたりするのだ。本当、止めて欲しいと思う。唯でさえ万年金欠の万事屋は全員分の食費だけで一杯一杯だというのに、これ以上出費を増やすのは勘弁して欲しいのだ。
桂さんが来ているならお茶を出さなくては。
お茶の葉はまだあっただろうか、と考えながら新八は2階への階段を上っていった。
扉が近付くにつれて部屋の中から漏れる声がどんどん大きくなっていく。銀さんの大きな声が聞こえて、また口喧嘩でもしているのだろうか、と思いながら引き戸を開けると、ガラガラと少しだけ大きな音を立てた。
「只今戻りましたー」
と声をあげながら中へ入ると玄関に、綺麗に整えられている3つの履物が視界に入った。銀さんのブーツと桂さんの草履。あと1つは……。其処まで考えて、一瞬思考が止まってしまった。桂とよく一緒にいるエリザベスは履物は履いていない(という事になるのだろうと思う)。それなら、一体誰の物なのだろうか。桂の仲間の人間でも来ているのだろうか。彼は矢鱈に銀時を攘夷志士の仲間に入れたがっていたが、仲間を連れて勧誘に来たのは初めてではないだろうか。
「銀さーん?お客さんでも居るんですかー?」
そう言いながら自分も履物を脱いで家の中へ上がった。買い物袋を持ち替えて、空いた手でリビングへと繋がる扉を開けると、目の前にはとても信じがたい光景が広がっていた。






それでも俺にとっては宝物で
(手放すことなんて、出来る筈もなく)





「銀時ィ、酒ねェのかァ?こっちは空だ」
「あ?もうねェのかよ。そろそろ辰馬が帰って来っから、もう少しまってろ」
「銀時、熱燗が出来たぞ。ん?高杉、もう飲んだのか。昔から変わらんな。少しぐらい控えてみたらどうなんだ。」
「うるせェよ、ヅラァ。酒は飲むもんだろ。なァ?銀時」
「だぁぁぁ!もう、五月蝿ェ!お前等、何で一々俺に振るんだよ!少しの間ぐらい静かにしやがれェェェ!!…………あ」
言い放った言葉と共に、ガタッと音を立てて勢いよく立ち上がった銀時。その視界に若い青年が映り、想わず硬直した。銀時に近くに居る2人も、中途半端な状態で固まっている。少しの間の沈黙。3人の視線が自分だけに集まっている。
「え……あ…。た、只今戻りました…。」
あまりにも3人からの視線が痛くて、取り敢えずこう言うだけで精一杯だった。
新八の言葉を聞いた三人は、少しの間そのまま硬直していたが、3人同時に脱力したように座り込んだ。
「何だ、新八かー。吃驚させんなよ」
「……新八君ではないか…」
「銀時んとこのガキかよ。驚かせやがって」
そろえたのか、と言わんばかりの綺麗に揃ったタイミングで一斉に肩の力を抜いた3人。さっきまであんなにカチッと硬直していたのに、次の瞬間にはいつもの調子を取り戻していた。高杉はお猪口を手に取ってくいっと酒を呷り、桂は机の上の残り少ないスルメイカに手を伸ばす。銀時も桂に負けじとスルメイカに手を伸ばそうとしていたが、新八からの視線に気が付きゆっくりと立ち上がった。
「新八?どうかしたか」
「銀さん、あの人って……」
銀さんのことを殺そうとしてた人だ。紅桜で江戸の町を壊そうとしていた「鬼兵隊」とか言う隊を率いている高杉晋助。
言いたいことが上手く纏まらず、言葉に詰まってチラリと銀さんを見上げてみると、銀さんは少し困ったように頭を掻いてから小さく笑って僕の頭をくしゃりと撫でた。
「銀時ィ、酒何処だァ?」
「だから、ねェって言ってんだろうが!」
「高杉、此方じゃないのか?」
「おいおいおいおい!お前等、勝手に漁んなよ!」
台所の方から聞こえてきた声に、何事も無かったかのように僕に背を向けて去って行く銀さん。好き勝手やっている2人を怒鳴ってはいるものの、いつもよりも楽しそうな表情をしているように見えるのは恐らく気のせいではないだろう。銀さん本人は表情に出していないつもりなのだろうけれど、雰囲気が違う。
彼らは、銀さんの内側で生きているのだろう。
直感的にそう思った。
台所から位置を変え、銀時の部屋を漁り始めた高杉の足取りに迷いは無い。その行動が、高杉が万事屋へ来たことが初めてでない事を物語っている。
「皆さん。何かおつまみでも作りましょうか?」
銀さん程美味しくは無いかも知れませんが、簡単なものなら作れますよ。
諦めたようにそう言うと、騒いでいた3人が嬉しそうに声をあげた。
「おっ!良いねぇ、頼んだ!」
「すまんな、新八君」
「なかなか気が利くじゃねェか、坊主」
三者三様の返事に、気付かれないように苦笑をもらしながら台所へ向かった。未だ、高杉への疑いは拭いきれないが、銀さん達と一緒に居る彼は何だかこの間の彼とは違うように思えた。あの時の意地の悪い笑みとは違う、無邪気な笑顔を浮かべながら2人と話している彼はとても楽しそうだった。
本気で殺し合ったかと思えば、仲良く一緒にお酒を飲んでいる人達。
一体、何なんだろうこの人達。
心の中でそう呟くと、玄関の方から大きな声が聞こえて来た。
「おーい金時!酒ば買って来たぜよー!」
「だーかーらー!俺は銀時だ、って言ってんだろうが!」
「遅ェぞバカ本!ほら、さっさと酒を出せ!」
「遅かったじゃないか。俺のピーナッツは忘れていないだろうな」
「安心せえ、忘れちょらん。それと、面白かつまみを見つけたき、それも買ってきたぜよ」
「ほゥ、馬鹿にしては気が利くじゃねェか」
間違える筈がない、とても特徴的な話し方。
やっぱり坂本さんか、と小さく呟いた。リビングの方を見てみると、袋の中身は違えど先程までの自分のように両手に買い物袋を下げた坂本さんが丁度席に着いたところだった。
辰馬がおつまみが入った買い物袋の中身を机の上に並べていくと他の3人から、おぉ、と歓声が上がった。流石は貿易会社の社長だ、お金はあるらしい。
そんなにあるなら態々僕が作らなくても平気だろうか、と思った新八だが「ここに新八のやつが並べば完璧だな」という銀時の言葉が耳に入ったため、止む終えず作業を続行した。
「さァ、飲むかァ」
高杉がそう言うと、4人は各々のお猪口を手に持ち中央に掲げ、綺麗な笑みを浮かべた。

「「「「乾杯」」」」

かちゃ、と陶器が合わさる音が狭い部屋に響いた。
音頭も無いのにピタリと揃った声に、4人の間にある見えない絆を感じずには居られなかった。






うちの攘夷4は基本こんな感じ。
(2009.03.20)
(title:群青三メートル手前)