「有難う御座いました。怪我はありませんでしたか?」
つい先程、雲雀に手渡されたばかりの報告書をぱらぱらと斜め読みしながらそう言うと、雲雀は僅かに眉を顰めた。苛立たしげに溜息を漏らしながら、腕を組んでいる。それでも綱吉はいつもより幾分か分厚くなっている報告書を、ぱさりと机に放り投げて、くつくつと笑っている。
「当然。誰に向かって言ってるのさ」
「嘘でしょう。左腕、怪我してるじゃないですか」
「……性格悪いね、君」
「貴方に言われたくはありませんよ」
そう言うと、雲雀は眉間のしわを更に深くした。スーツを着ているため、綱吉から雲雀の左腕は見えていない筈である。
「得意の直感かい?」
「いいえ? 動きがいつもと違っていましたから、ちょっと鎌を掛けてみたんです」
「へえ」
その言葉に、雲雀はゆっくりと息を吐いただけであった。綱吉の机の前の大きなソファに腰を下ろすと、軋りと小さく音を立てる。雲雀は、珍しく背凭れに体を預けていた。
「あ、そうだ」
唐突に綱吉がそう言うと、机の引き出しを上から順に漁り始めた。雲雀が訝しげにそちらを一瞥したが、綱吉は特にそれを気にしている様子は無く、只管引き出しの開閉を繰り返している。
「あった。これ、届いてましたよ」
漸く見つけたらしい綱吉が取り出したのは、白い布に包まれたものだった。それを持って立ち上がり、雲雀の前の机に置いた。
「何か手違いがあったみたいで、俺の所に届いてたんです。これ雲雀さんのものでしょう?」
綱吉が丁寧に白い布を捲ると、現れたのは一丁の銃であった。
「ああ、これね。こっちに来てたの。道理で遅いと思ったよ」
それは、雲雀が先日発注した新しい銃であった。銃は、滅多と使用しない雲雀だが、全く使用しないと言う訳ではないし、愛用の武器よりも銃のほうが都合の良い時もある。そういった時の為に、彼も銃を持ち歩いているのだ。
「――そういえば、」
綱吉はそう言って、自分の椅子に腰を下ろした。胸のポケットに入っていた見るからに高級そうな万年筆を取り出して、机をコツコツコツ、と三回叩く。何かの合図であろうそれを聞いた雲雀は僅かに肩を揺らした。綱吉の方へ身体を向けて、正面から綱吉の目をじっと見つめる。そのまま視線を逸らさずに、雲雀はゆっくりと足を組替える。
「何?」
「今夜、一杯どうですか? 久しぶりに。良いワインが手に入ったんです」
「へぇ、本当に久しぶりだね。……赤? 白?」
「今回は赤です」
「珍しい。君は白の方が好きじゃない」
僕は、どちらかというと赤の方が好きだけどね。
雲雀がそう言うと、綱吉はクスリと笑う。そうだと思いましたよ、と小さく呟いた。
「僕の他には、誰を誘ったの?」
「凪を誘いました。他の皆は仕事です」
凪、と聞いた途端、雲雀は僅かに顔を顰めた。骸が牢獄から戻った今、凪は骸の媒体としての役割を終えた。無くなっていた内臓も、ボンゴレの最先端の技術によって回復し、今はボンゴレの一員として働いてくれている。
「凪は、アイツじゃありませんよ?」
「分かってるよ、それくらい。ま、彼女ならいいでしょ」
雲雀の言葉を聞いて、綱吉は安堵の息を漏らす。中学時代の雲雀は、群れるのを酷く嫌ったが、今はそこまでではなくなっている。それでも、大人数が群がっているのを見ると、今でも未だ苛立つようだが。
雲雀が凪に対して嫌悪感を拭いきれずにいるのは、あの髪型の所為ではないかと綱吉は思っている。たまに、本当にごく稀にではあるが、雲雀が凪を話しているのを目にすることもある為(恐らく事務連絡だけなのだろうが)、二人の仲はそこまで悪いわけでもないのだろう。余談だが、骸と雲雀は相変わらず顔を合わせるたびに喧嘩をしている。
「今日は長くなりそうですから、ちゃんとおつまみを持って来て下さいよ?」
「分かってる」
「場所は……、分かりますよね? ほら。この間話してた」
「ああ、あそこ?」
「ええ、そこです」
そう言うと、綱吉は右手で弄んでいた万年筆をスーツのポケットに仕舞った。雲雀は、大きく息を吐くとゆっくり立ち上がる。机に置いてある銃を忘れずに手に取ると、確認するかのように何度か軽く握り締めた。満足げに懐に仕舞いこんだ雲雀を見て、綱吉も席を立つ。
「お願いですから、酔いつぶれないで下さいよ」
「勿論。誰に言ってるのさ。君こそ飲みすぎないようにね」
「ええ」
雲雀は部屋の扉に向かってゆっくりと歩みを進めた。
「それじゃあ」
「はい。忘れないで下さいよ? 今晩八時ですからね」
「分かってるよ」
そう言いながら、ドアノブに手をかける。大きな扉をあけると、雲雀は綱吉の方を見ることもなく、部屋から出て行ったのだった。
僕達にしか分からない
(秘密の暗号)
さあ、好きなだけ暴れましょう。
ワイン→ツナとの任務(白は会談、赤は戦闘)
誘う人→その日のツナの護衛当番。つまり、付いてくる人。
おつまみ→武器
酔う→大怪我。つまり「酔いつぶれる」は「死ぬ」ってこと
に変換して読んでみて下さい。これが暗号。
(2010.03.13)