今日の夕ご飯のメニューや、来週末が提出期限になっているレポートの題材。取るに足らないような些細なことを考えながら、長い長い廊下をゆっくりと歩いていると見覚えのある、というよりも、見間違えようの無い個性的な後姿が目に入った。黒いマントに黒い仮面。気が付いたら、私は声を掛けていた。
「ゼロっ!」
私の目の前に居る彼は、足を止めこちらへ向いた。ゼロの仮面を目にして反射的に胸が高鳴るが、今私と向かい合っているゼロは確かにゼロなのだが『彼』ではないのだ。
「カレンか」
私の名を紡ぐゼロが『彼』のように見えて、私は小さく微笑んだ。
「大分、ゼロにも慣れてきたじゃない」
からかうように言うとゼロは、そうだな、とだけ呟いた。『彼』とは正反対で、体力しか取柄が無いような人物にゼロが勤まるのだろうか、とも思ったが彼は彼なりに上手くやっているようだと思い安心する。よく見てみると、何だかいつもと少しだけ雰囲気が違う気がする。しかし、気のせいだろうという事にして心に留めた。
その後も、少しだけ続いた他愛も無い会話が、何故か懐かしく思えた。
学校のこと、ナイトメアのこと、超合衆国のこと、皆のこと。話題は尽きないが、お互いの事を思うといつまでも楽しくお話をしている訳にはいかなかった。
今私の目の前に居るのは、ゼロの仮面を被った枢木スザクである筈なのだ。それなのに私の頭の中には、ルルーシュ・ランペルージ……否、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの姿が浮かんでいた。
敬愛していたゼロ、尊敬していたゼロ、信頼していたゼロ。
たとえギアスという能力を持っていたとしても、敵国の皇子様だったのだとしても、私達を勝利に導いてくれたゼロは、偽物なんかではなかったのだと気づかされた。気が付いた時には、――――――もう遅かったのだけれど。
頭の中に思い浮かんでくる懐かしい影を振り切るかのように、私は少し大きめの声で言った。
「そろそろ、行くわ」
「あぁ、そうか」
首に掛かっている紅蓮弐式の起動キー。
黒の騎士団のエース。零番隊隊長……詰まりはゼロの親衛隊隊長の証。そしてゼロからの信頼の証。このキーは私の誇り。ゼロが、ルルーシュが私に与えてくれた物。だから私は、私がやらなければならない事をしっかりとやりきってみせるの。
よくやったな、と誉めてくれる声は、もう聞けないけれど。
キーを両手で確りと握り締め、ゼロの横を通り過ぎる。ゼロも、私とは反対の方向に一歩踏み出した、その瞬間。

「カレン、君は生きろ」

耳元で小さく呟かれた、聞き覚えのある言葉。ドクンと胸が鳴った。足が止まる。
この言葉……、スザクが知っている筈は無い。
これは、ルルーシュがあの時に小さく呟いた言葉。まさか、まさか、まさか!

「ルッ―――……ゼロッ!!」

動かない体を無理やり動かして、振り返った。足がカタカタと震えている。
少し離れた位置で、私に背を向けて歩いているゼロ。彼が……『彼』が、ゆっくりと振り返った。しかしゼロはそのまま、もう一度私に背を向けて歩き出してしまう。
何か、言わなければ。何か。
「…っゼロ!私は共に進みます。貴方と、共に。」

ゼロは、振り返らなかった。それでも、
「カレン、有難う。」
この、消え入る様な声を私は聞き逃さなかった。
もう一度、紅蓮弐式のキーを力強く握り締めて、元の道を歩き出した。大丈夫だ。まだ歩ける。
涙は流さない。まだ、終わっていないのだから。







泣きたかった、本当は。
(貴方からの最後の命令は、溢れんばかりの優しさを孕んでいた)








貴方を否定した私に、こんなことを言う資格は無いけれど
(2008/11/25)