今日もまた、あの口に合わない料理を食べなくてはいけないのか何て事を考えて、思わず苦笑が漏れた。なんて平和な悩みなのだろう。ついこの間までは国や国民のこと、政治、戦略など考えなくてはならないことが山程在り、食事や睡眠は二の次三の次だったというのに、今自分が考えている事は今晩の夕食についてだった。勿論、国のことを考えていないという訳ではない。それでも、以前に比べればとても楽になったと思う。
今戻った所で、何といってする事がある訳でもないのでゆっくりと廊下を歩いていると、後ろからコツコツと小気味のいい足音が聞こえてきた。振り返ってみると其処には、今や平和の象徴となった黒い仮面の男がいた。
「星刻。今、時間はあるか?」
『ゼロ』は自分に向かってそう問うた。ゼロが其の手にある黒い箱らしき物を此方へ見せるようにゆっくりと開くと、綺麗に整えられたチェスセットがぴったりと収まっていた。
今のゼロは、私と戦った彼とは違う。そういえば、今のゼロの指揮を1度だけ目にした事があった。しかしあれはゼロの戦略ではなくシュナイゼルのものだったように思う。少なくとも仮面の下のスザク・クルルギによる戦略でないことは確かだ。そう考えていると、今のゼロの実力も気にかかってきたので、私はゼロの申し出を受けることにした。
出来るのならば、以前の彼ともう一度対決してみたいとも思うが、もう出来ないのだから仕方が無い。どうせ何といってする事も無いのだからと、ゼロを自分に与えられている部屋へと通した。


静かな部屋に、チェスを打つ音だけが響いている。
不規則な音が少しだけ心地よい物のように思えていたのだが、私の心には重い何かが引っかかっていた。不明確な思いを抱えたまま駒を進め、相手に気付かれぬよう小さく溜息をついた。ゼロは次の駒を動かすと、少し考えるような素振りを見せて渋々口を開いた。
「…引き分け、か……?」
「……あ、あぁ」
驚いた。今の彼も、こんなにも強いのだろうか。
凄いなと思う反面、心の中では未だ不明確な思いが渦巻いていた。あまりに似すぎてはいないだろうか。攻撃のかわし方、隙の無い防御、殆ど完璧に近いタイミングで出てくる切り札。以前の彼と、とてもよく似ていた。
以前の彼から習ったのか、それとも………。

ふと盤面を見た瞬間、私は目を見開いた。この布石は…

「おっと、そろそろ時間だな。失礼したな星刻」
「あ、おい……」
ゼロは徐に立ち上がり、チェスボードを片付けることもせずに部屋の扉へと向かっていく。追うように私も急いで椅子から立ち上がったが、ゼロはそれを手で制した。
「それは差し上げよう。では、失礼する」
そう言ったゼロは、ドアノブに手をかけ部屋から出て行こうとしている。
「ゼロ、一つだけ答えてくれ」
私からの突然の言葉に、ゼロは少し驚いたように振り返った。

「ゼロ。君の原動力は、何だ?」

いつかの質問。あのとき、ほんの僅かだが君という人間を知ることが出来たのに私は君を信じることが出来なかった。あの時の君の言葉に嘘は無かった。君は誰よりも強い想いで、この世界を変えたのだから。

「想い、だよ」

ゼロは、何かを含んだようにそう言うとクツリと笑って部屋から出て行った。








何度確かめても
(見覚えのある布石は、彼の戦略でしかなく)








ゼロ。嗚呼、私の負けのようだな。
(2009.02.11)
(title:堕天使達のレクイエム)